清純派と呼ばれる女性は、意外と危ない男性に弱い。

普段は明らかにガードが堅い。当然だが軽い誘いには乗らない。

チャラそうな男には冷たい。変なLINEにも反応しない。周りから見ると、あの子は大丈夫だろうと思われるはずだ。

ところが、ある日突然、どう見てもやめたほうがいい男性にだけ心を奪われることがある。

回りの人が忠告をしても
本人はまったく聞く耳をかさない。

周りが「それは危ない」と言うほど、本人の中では「みんなには分からないだけ」という考えに変換されていく。「忠告の声」は邪魔者が発する声となり、「心配」は嫉妬されていると判断され、悪評は二人を引き裂こうとする外野の雑音になる。

ここまで来ると、ただの恋なんかではなく、本人の世界の中で壮大な恋愛映画が上映されているのだ。

当然主役は自分。

お相手は世間に誤解された男性。自分だけが彼の本当の優しさを知っている。世界中が反対しても、私だけは彼を信じる。

危ないのは、この状態になった清純派女性。

もちろん冗談は通じない。

説明も通じない。彼女の恋愛を止めようとする者全てが悪役になります。

ダメンズのお客から清純派女性を守る方法はあるのでしょうか?

正直なところ、かなり難しいです。

清純だからゆえ、恋を純粋にまっすぐに捉えてしまうパラドックス

本物の清純派女性の大半は、恋愛に対して汚い計算をしない。

それこそが魅力でもあります。

でも、この純粋さが、ときどき危ない方向に出ます。

たとえば相手がイケメンだった場合、顔面補正が入ります。
普通の男性が言えば軽く見える言葉でも、顔が整っているだけで急に物語っぽく聞こえます。

たとえば
「君のことしか見えない」

こんなアホみたいなセリフ、普通なら警戒するところです。

でもイケメンだと、なぜか名シーンになります。

相手にパワフルさがあると、喧嘩が強そう、何かあった時に守ってくれそうという補正が入ります。
実際に守ってくれるかどうかは別です。
本人の頭の中では、すでに黒い車で迎えに来る頼れる男性になっています。

経済補正もあります。
食事の会計が早い。高級車に乗っている。高級店をよく知っている。店員への態度が礼儀正しい。これだけで、清純派女性の中では「大人の男性」「私を守ってくれる人」に見えてしまうことがあります。

ここで大事なのは、本人が軽い女性だから引っかかるのではないという点です。

むしろ逆です。

恋をまっすぐに捉えるからこそ、相手の演出をそのまま受け取ってしまう。

ダメンズからすると、これほどありがたい相手はいません。

雑に口説いても、本人が勝手に純愛に変換してくれるからです。

ダメンズのお客だからゆえ、必死になる。この必死を情熱と純愛と勘違いするのが清純派女性

ダメンズのお客は、狡猾だ。

まともな男性の落ち着きではなく、奪いに来るような勢いがあります。あるケースではLINEの回数が多いのもそうかもしれない。急に会いたがる。急に電話する。今から会いたいと言う。

会えないと不機嫌になる。

普通に見れば、かなり面倒な男性です。

でも清純派女性は、これを情熱と間違えることがあります。

「こんなに私を必要としてくれる人はいなかった」

この言葉が出たら危険です。

それは必要とされているのではなく、相手の都合に巻き込まれているだけかもしれません。

ただ、本人はそうは見ません。

毎日LINEが来る。会いたいと言われる。酔った夜に迎えに来る。強引にでも時間を作ろうとする。

ここで酒が入ると、判断はさらに甘くなります。

普段なら流せる言葉が、深夜の酒と混ざり合います。

「俺には君しかいない」

昼に聞けば、あまりにも歯の浮くセリフです。

しかし、深夜帯に聞くと名言になります。

清純派女性は、ここで自分の警戒心を自分の意志で外します。

この人は軽い人じゃない。この人は本気だ。この人は不器用なだけなんだ。

「この人には私しかいない」

そうやって、ダメンズの必死さをバラ色のイメージを重ねていきます。

必死ではなく情熱。

執着ではなく純愛。

面倒ではなく一途。

もうどうにも止まらない。

二人だけの世界という大義名分によって壊れていく現実世界

ダメンズが強いのは、ストーリーを作る力です。

今は大変だけど、いつか一緒になる。

周りは分かってくれないけど、俺たちだけは分かり合っている。

お前といる時だけ、本当の自分でいられる。

この手の言葉は、冷静に聞けばかなり危ないと思いませんか?

でも、清純派女性の耳には、運命の説明に聞こえます。

特に、まだ恋愛経験が少ない女性や、普段まじめに生きてきた女性ほど、「二人だけの世界」を尊く感じます。

なぜなら、その言葉には特別扱いが含まれているからです。

周りの女性とは違う。

今までの女性とは違う。

君だけは分かってくれる。

これを言われると、清純派女性は自分がただの恋人候補ではなく、彼を救う役に任命されたような気持ちになります。

彼の世界の中で「ヒロイン」という役に抜擢されたのです。

まさに、ここからが危ない。

仕事の予定が後回しになることがあります。
ある時は、友達の忠告の声が聞こえなくなったり。
家族への説明が曖昧になったり。
お店での振る舞いにも変化が出ます。

本人は世界を変えるほどの恋をしているつもりです。

しかし周りから見ると、生活の優先順位が明らかにおかしくなっている。

二人だけの世界を守るために、現実の人間関係を壊していくこともあります。

ここで本人に「目を覚まして」と言っても、ほぼ届きません。いや全く届きません。

脇役の声は雑音でしかないのです。

本人の中では、目を覚ましていないのは周りのほうなのです。

人を見る目を養う必要性は大きな失敗をしでかしてから

清純派女性に「人を見る目を持ったほうがいい」と言っても、恋の真っ最中にはほぼ意味はありません。

本人はすでに見えているつもりだからです。

むしろ、周りより自分のほうが彼を見ていると思っています。

彼は悪く言われているけど、本当は優しい。

彼は過去にいろいろあったけど、今は変わろうとしている。

彼は周りに誤解されやすいだけ。

こうして悪評が、本人の中で「困難」というべき乗り越えるべきイベントにすり替わります。

そして困難に立ち向かうことが、真実の愛に見えてくる。

ここまで来ると、周りの忠告は逆効果になることがあります。

「やめたほうがいい」と言われるほど、本人は燃えます。
「みんなに反対されても私は信じる」という立場に入ってしまうからです。

厄介なのは、清純派女性ほど、この物語を美しいものとして受け止めやすいことです。

普通なら、面倒な男性は面倒な男性です。

でも、恋を純粋に捉えすぎる女性は、面倒な男性を「傷ついた男性」に変換することがあります。

そして、自分がその男性を癒やす役になる。

彼のことを助けたい。

この構図に入ると、かなり危ない。

人を見る目は、失敗する前に持てれば一番いい。

でも実際には、多くの人が大きな失敗をしてから、やっと気づきます。

あの時の優しさは、自分のためではなかった。

あの時の必死さは、愛ではなく都合だった。

あの時の未来の話は、今日を引き延ばすための言葉だった。

気づく時には、かなり時間を使っています。

ろうそくの炎を指に近づけて5秒間でもいいので熱してください。
火傷しますよね?

火傷してやっとわかります。
恋の火傷も同じです。恋の火遊びとはよく言ったものです。

清純派女性が、クソババアになる日

清純派女性を本当に守るものがあるとすれば、それは年齢かもしれません。

若い頃は、危ない男性の強引さを情熱だと思う。

顔が良ければ許す。

迎えに来れば優しいと思う。

高い店に連れて行けば大人だと思う。

未来を語られれば本気だと思う。

でも、何度か痛い思いをすると、ある日突然、我に気づきます。

「はいはい。またそれね」

この一言が出るようになります。

「君のことを守りたい」と言われても、「それ、前にも誰かに言ってない?」と普通に思うようになりあます。

酔った勢いで深夜に電話が来ても、出ません。

長文LINEが来ても、最初の二行で用件がないと判断します。

これが、清純派女性がクソババアになる日です。

恋愛における防御力が上がったのです。

若い頃は、お姫様願望を刺激されると心が動いた。

でも年齢を重ねると、お姫様扱いの裏にある下心も同時に見えるようになった。

迎えに来る男が優しいのではなく

高い店に連れて行く男が誠実なのではなく

未来を語る男が本気なのではなく

今夜というイベントを自分の都合で進めたいだけということ。

若い清純派女性は、ここを見抜くまでに時間がかかります。

恋は盲目です。

しかも清純派女性の恋は、本人の中で美しい物語になりやすい。

だから、ダメンズのお客から清純派女性を完全に守る方法は、たぶんありません。

せいぜいできるのは、周りが止めすぎず、でも見放さず、本人が戻ってきた時に「あれはやばかったね」と言える場所を残しておくことくらいです。

清純派女性は、いつか目が覚めます。

そのときはもう、クソババアという称号を得ているかもしれません。

でも恋愛においては、そのくらいでちょうどいいのかもしれません。